[JRA公式] 後藤 由之調教師が勇退
後藤 由之調教師(美浦)が7月20日(水)をもって調教師を勇退することとなりましたのでお知らせいたします。
近年、かなり成績を落としていた(それでも年間10勝以上は常にキープしていた)しそういう噂(バイラリーナ仔の急な預託先変更絡みとか)を聞かないではなかったけど…まだ定年まで時間があったし、金子真人さんを始め有力な馬主さんから馬を入れてもらっていたから、かつての勢いを取り戻すだけの時間は残されていると思っていました。本当に残念です。
僕がもっとも競馬にのめり込んでいた頃。アイドルのように思っていた馬の多くは後藤厩舎の馬たちでした。
ディープインパクトやアパパネ、キングカメハメハなど、活躍馬の宝庫のような今をときめく"金子馬"たち。そんな馬たちを擁する馬主・金子真人さんが始めてダービーに持ち馬を出したのは10年ほど前。後藤厩舎のエスパシオという馬でした。父メジロマックイーン、母マイネピクシー、その母の父タマモクロス。そんな渋い血統の馬が青葉賞3着からダービーへ。後藤浩輝(ごっちゃんもこれが初ダービーだったはず)を鞍上に挑んだそのレースは、今も昨日のことのように思い出されます(ちなみにそのレースを勝ったのはスペシャルウィークでした。馬券はエスパシオ->ミツルリュウホウの組み合わせをアホみたいに買ってましたね。当たっていればtoto級の配当(笑))。
そのエスパシオという馬がとても大好きでした。今でも「お気に入りを1頭だけ」と言われればこの馬の名前を挙げるくらいに。見た目ビロードを貼ったような真っ黒の芦毛で、なぜか目の周りだけ裏返ったように白い差し毛。厩舎でのあだ名は"パンダ"。青葉賞で有力馬扱いされギャロップで特集を組まれた時、後藤調教師が「この馬の強みはどこですか?」という質問に応えて「鳴き声が可愛いんです」と競走馬とは思えないセールスポイントをアピールしていたのがとても印象的で、それ以来エスパシオのキャラクターと相まって後藤厩舎のことが自分の中の注目ナンバーワン厩舎でしたね。
中1週で福島を使われようが、連戦で新潟使われようが、新幹線の朝トクとか使ってどこにでも現地に駆けつけたなあ。黄色いシャドーロールの日はなぜか走らなくて、白ならヒモ気配、濃紺なら勝負気配みたいなへんなジンクスもあったっけ。見習いだった蓑島クンと調教師が2人引きしてた福島のパドック、懐かしいな…。ニンジンを一箱差し入れに送ったら、後藤先生の人柄が滲み出るような丁寧な直筆のお礼状と使用済みのゼッケンをいただきました。今も実家に大事に保管してます。宝物ですよ。
エスパシオは別格として、他にもたくさんの思い出の馬がこの厩舎にはいます。
関屋記念。目の前で大レコードを見せてくれたリワードニンファ。新潟への旅費とか全部彼女には出してもらったなあ。エプソムカップでの大穴もいろいろ助かった(笑)。か細かったけど、芯の強いホントにステキな女の子だった。
クラフトマンシップ&クラフトワークを筆頭に、ワーキングガールの孝行息子・娘たちも忘れられないですよね。重賞を勝ったこの2頭は厩舎の看板馬みたいなもの。毎年函館でお世話になった兄。順調にさえ使えていればG1もきっと取れていた弟。お兄ちゃんには引退後ノーザンホースパークまでお礼を言いにいったりもしましたね…。この2頭の他にも、クラフトミラージュやドリームワークス、ラヴォランテなどワーキングガールの系統は魅力的な仔がたくさん入ってきたんですよね。
たくさん重賞級に出走したという意味ではホットシークレット。2歳の北海道で1200m戦を惨敗。東京に戻ってきたときにはあっさりセン馬になっていて、いきなり長距離戦。後にステイヤーズを連覇する馬ですからね、血統的にも長距離で狙うと決めてただけに、いきなり単勝ガッツリ。美味しかった〜。そこからずっと注目して追いかけ続けてきたけど、パドックで見ると牛以外の何者でもなくて、なんであんなに走るのか全く分からなかった。脇腹の変なところに夏の雲みたいな白が入っていて、その体型と相まって厩舎でのあだ名は"ブースカ"。そんなあだ名の話が記事になる厩舎の雰囲気の良さみたいなものも後藤先生のところの魅力で、"ブースカ"はそれを最も体現していた馬でしたね。大事に大事に使われて才能を開花した"ブースカ"は、ゆっくりと馬を使っていく後藤先生のところだからこそここまで活躍できたんじゃないかなあ。
エスパシオとホットシークレットが後藤先生のところの"金子馬"では稼ぎ頭だったけど、素質はG1級だったセピアメモリーやモロキニドルフィン、そして白毛で注目を浴びたシラユキヒメとその仔(シロクンやユキチャン)たちなど、結果的に大物と呼ばれるような馬じゃなかったかもだけど記憶に残るような馬ばかりが金子さんからは預けられていたような気もします。
この厩舎を語る上で忘れちゃいけないのが"トウカイ"の馬たちですよね。もともと後藤先生はトウカイテイオーが好きだったらしくて、トウカイテイオーの活躍馬を自分のところから出すんだとばかりにその産駒をいろいろなところから集めてきていたけど、地方競馬(東北)から持ってきたトウカイポイントをG1馬にまで仕立て上げたのは本当に見事でした。若い頃はコバジュンとともに中山2500mの条件戦で詰めの甘い競馬をしていたポイントだけど、そこで蓄えた経験(気性を宥めるためにわざと長い距離を使っていたみたい。後藤厩舎はそういう仕上げ方をしますよね)を武器に身体がパンとした5歳(だったかな?)時から距離を縮めて大ブレイク。「そろそろ距離を縮めて、溜める競馬をしてみよう」とアドバイスをしたのは岡部さんだったと思うけど、中山記念のレコード圧勝を皮切りに富士Sの大不利〜マイルCSの圧勝と素晴らしい本格化を見せてくれました。マイルCSはシコタマ買ってたので大儲けもさせてもらいましたね。
トウカイの馬では、最近では菊花賞でも人気になったトウカイメロディも思い出深いけど、自分の中ではトウカイアローとトウカイオスカーの兄妹が印象にあるかな。特にアローは足元さえもう少し丈夫ならトウカイポイント以上に後藤厩舎の名前を全国区にする素質馬だったと思われただけにね…。
牝馬を育てるのも上手い厩舎でしたね。前出のリワードニンファ、トウカイオスカーもそうだけど、オークスへと送り出したバイラリーナ、その同世代のクラレットパンチなんかもいい馬でした。バイラリーナはオークストライアルのオープンで出走権を得たんだけど、本番直前にフケ出ちゃって…。万全の状態なら好勝負をしたはずだけに、思い出すと今でもちょっと悔しい。
この世代には、彼女らをさらに凌駕するキスオンサンデーというサンデーサイレンス産駒で評判の女の子がいたんですよね。デビュー直後にいったん放牧に出したら、運悪く厩舎の火災事故に遭遇…。エガオヲミセテとかも亡くなった大きな火災で、スポーツ紙の一面に出たりしたので記憶している人もいるかと思うけど、その時被災した馬のリストにキスオンの名前があったのは悲しかった…。
他にも「パンとしさえすればミホノブルボンの最高傑作になる馬」とも言われたアスコットバレイや、馬体と素質だけは化物級だったのにずっと空回りしてたバシュアースなどなどなど…追いかけた馬は数知れず。思い出話はどこまでも尽きないです。
そんな自分の競馬歴とほぼイコールのファン歴である後藤先生が勇退されてしまう…。なんか、ズシッと堪えるものがあります。残念です、本当に。これほど魅力的な馬たちを送り出し、僕をすっかり競馬ファンにしてくれたのは「後藤厩舎の馬に注目する」という競馬と付き合う最初のスタンスがとても面白い競馬の見方だったからに他らないと今あらためて思っています。それはそれはほんとうに楽しいことで、僕の中の大切な思い出たちなのです。厩舎のスタッフ、そして後藤厩舎の馬たち。改めて、感謝の言葉を贈りたいです。ありがとう、本当に。そして、お疲れさまでした…。